2019年8月,畜ガールズ第2回ブロック長会議の際に,東京大学大学院医学系研究科・博士課程の金森万里子先生に「一緒に考えましょう! 生き心地のよい地域づくり」と題してご講演を行なっていただきました。その内容を以下,ご紹介します。


 

金森 万里子 先生 のお話(2019年08月講演)から


 

 金森先生は北海道大学獣医学部をご卒業後、産業動物獣医師として牛の臨床に携わっておられましたが、仕事をしていく中で、牛の病気は経済的負担のみならず、農場従事者(人)に精神的な負担を与え、人と動物の健康がつながっていることを実感したそうです。そして牛が快適な飼育環境下で健康に育つ事と同様に、人の健康にも環境要因が存在するという事に関心を高め、酪農畜産地域における人分野の Public Health Science(公衆衛生学)の役割を研究しようと決めたそうです。
 (獣医公衆衛生学が人と動物をつなぐ食や病気に関しての学問であるのに対し、人における公衆衛生学は、全ての人々の健康の維持・増進や生活の質の向上を目指し実践するための学問です。)


 世界における日本の自殺率は、OECD諸国の中で、男性が第8位、女性が第2位と男女ともに上位を占めていますが(OECD, 2017)、日本国内における自殺率は男女ともに地域差があることが分かりました。地域によって自殺率の差が生まれるのはなぜだろう、という問いから、社会環境が自殺率に関係することが研究されてきました(デュルケーム『自殺論』1897 など)。
 日本で一番自殺率が低い町の特徴を調べた先行研究では、「近所づきあいはゆるやかで密」、「助けを求めることへの抵抗が小さい(“病、市に出せ”)」など、自殺予防因子があることが示唆されました(岡、『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある』講談社、2013)。

 

 日本国内でも自殺率が高い地域と低い地域があることについて、聴講していた畜ガールズ役員・ブロック長らから出た意見を以下にまとめました:


・県民性があるのではないか


・山間地域や過疎地域の閉鎖的な環境は自殺率に多分な影響を及ぼしていると思う

 

・古くから残る「家文化」の影響(「結婚=家に嫁ぐ」、「長男は家を継ぐ」など)

 

・自死を身近に経験することで、強い精神的ストレスを負うのではないか

 

・身近に自死を何度も経験すると、その都度心を痛めつつも、内心「またか」という慣れが出てきてしまう

 

 地域の自殺率を1955年と2015年で比較してみると、1955年には東京や関西などの都市部で自殺率が高いのに対し、2015年のデータでは人口の減少している農村地域などで高いことが分かりました(Motohashi, et al., 2017)。農村において都市よりも自殺率が高まっていることについては、日本のみならずアメリカやオーストラリアなど世界各国でも同様の傾向がみられ、問題視されているそうです(Hirsch, 2006,  Hirsch and Cukrowicz, 2014)。

 農村地域で自殺率が高いという結果に着目し、従事している農業の種類を比較してみたところ、酪農畜産が盛んな地域と農作物生産が盛んな地域では自殺率に違いがあることがわかりました(Kanamori and Kondo, 2019)。酪農畜産が盛んな地域では、男女ともに畜産物の産出額と自殺率に正の相関がありましたが、農作物生産が盛んな地域では、農作物の産出額と自殺率に相関はありませんでした。

 

 酪農畜産が盛んな地域で自殺率が高いという結果について、聴講していた畜ガールズ役員・ブロック長らから出た意見を以下にまとめました:


・産業特性による背景と生産物の違いがあるため


・農作物生産に伴う農作業には1年を通じて緩急がある(休閑期と収穫期)が、畜産は1年を通して同じ作業が多く平坦化の傾向があるため

 

・農作物生産者は休閑期などに兼業している場合があり、複数のコミュニティを持つ

 

・畜産従事者はコミュニティが狭く、関係機関の人間とのみ接点がある(農場での作業が長ければ誰とも会わない日があることも)

 

・生き物相手であるため365日休みがなく、農場にばかり行く生活が続くことで内向的になりがち

 

・経営に係るお金が多額で借金返済や家族を扶養することへのプレッシャーがある

 

・自身が追い詰められている状況に気づかず周りに助けを求められないまま、肉体的・精神的疲労が蓄積することで、突発的に自死に至ってしまうのかもしれない

 

 畜ガールズの役員・ブロック長の多くが畜産農家やそれを取り巻く畜産関係者の自死を経験しており、各自の経験に基づく意見が非常に多かったと思います。

 

 酪農畜産従事者の廃用動物の "看取り" 方に対する考え方は様々で、アニマルウェルフェアに対する倫理観やストレスが心の健康に影響を与えている可能性があります。金森さん自身も、廃用牛の苦痛軽減で悩んだ経験をお話しされ、視察で訪れたスウェーデンの酪農事情を紹介してくださいました。
 スウェーデンではアニマルウェルフェアに関する細やかな法律が充実しており、官民一体となって取り組まれています。国の獣医師による農場チェックが行われ、これらは指導や罰則の対象となります。アニマルウェルフェア認証(KRAV認証)もあり、消費者自らが選択して購入することができる仕組みがあることで、消費者への説明責任を果たしつつ、畜産農家の経営戦略として販路拡大にも寄与しているそうです。

 

〈出 典〉

1. OECD (2017), Health at a Glance 2017: OECD Indicators, OECD Publishing, Paris. http://dx.doi.org/10.1787/health_glance-2017-en, 2019.8.1 access

2.  Durkheim E. (1897) Suicide: A study in sociology, translated by John Spaulding and George Simpson. New York Free Press.  (デュルケーム  宮島 喬 (訳)(1985)自殺論、中公文庫)

3.  岡 檀(2013)生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由(わけ)がある、講談社

4.  Motohashi Y, Kaneko Y, Fujita K. (2017) The Present Trend of Suicide Prevention Policy in Japan. 1: 1–7.

5. Hirsch JK. (2006) A review of the literature on rural suicide: Risk and protective factors, incidence, and prevention. Crisis. 27: 189–99.

6. Hirsch JK, Cukrowicz KC. (2014) Suicide in rural areas: An updated review of the literature. J Rural Ment Heal. 38: 65–78.

7. Kanamori M, Kondo N. (2019) Suicide and Types of Agriculture: A Time-Series Analysis in Japan. 2019. (Early view) DOI:10.1111/sltb.12559.

 

(報告:エマ)

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